皆さんは「吉作落とし」という日本昔ばなしをご存知だろうか。
もともとは大分県に伝わる民話で、1988年(昭和63年)に『まんが日本昔ばなし』で放送された、いわゆる“トラウマ回”の一つである。
この話には幽霊も殺人鬼も出てこない。それなのに、吉作が徐々に追い詰められていく描写がいやに生々しくて、妙にリアルな恐ろしさが残る名作だ。
焦げ団子下手なホラーよりこええぞこれ…
今回はこの「吉作落とし」を題材に、
- 「吉作落とし」からみる山の危険性
- 吉作に“助かるルート”は現実的にありえたのか?
- 「吉作落とし」と地続きにある、山にまつわるホラー伝承
この3点を中心に、山ホラーとしての『吉作落とし』を考察していきたいと思う。
日本昔ばなし『吉作落とし』ネタバレあらすじ|トラウマ回の結末まで解説


舞台は豊後の国、いまの大分県にある傾山の麓・上畠の里だ。
天涯孤独の若者・吉作は、断崖絶壁に生える岩茸を命がけで採って暮らしている。岩茸は薬の材料として高く売れるが、採れる場所がだいたい「人間がギリギリぶら下がれる崖」という危険な場所にある。
ある日、いつもの場所には岩茸が見当たらない。
吉作は「ふだんは危なくて近づかない」という急斜面側へ足を伸ばし、読みどおりたくさんの岩茸を見つけて夢中で採りまくる。腰の籠がいっぱいになった頃、真下にちょうど腰掛けられそうな岩棚があるのに気づき、そこへ降りて休憩する。
ここで吉作は、命綱の縄からいったん手を放して岩に腰掛けてしまう。
休憩を終えて「さ、戻るか」と頭上を探ったときにはもう手遅れだった。自分の体重がなくなった分だけ縄は縮み、どれだけ跳び上がっても届かない高さに戻ってしまっていたのだ。
掴むところも足場もない絶壁。
声を枯らして助けを呼ぶが、深い谷に響くうちに叫びは歪み、村人には「化け物の声」にしか聞こえなくなっていく。
誰も助けに来ず、衰弱しきった吉作は、最後には小石がゆっくり下の紅葉に落ちる様を見て「自分もふわっと舞い降りられる」と錯覚し、そのまま谷へ身を投げてしまう——。
村人たちは後にこの岩棚を「吉作落とし」と呼び、山を登る人への戒めとした。



中身はほぼ山岳遭難の記録みたいな話なんだよな。
『吉作落とし』考察|吉作はどこで“詰んだ”のか?崖に座る前から負け試合だった
『吉作落とし』を初めて聞くと、「縄を離して座ったのが悪手だった」で終わりがちだが、冷静に分解すると、吉作が詰んでいくポイントは少なくとも三段階ある。
① 単独・装備薄・危険斜面突入の三点セット
まず一つ目は、危険斜面に「一人で」「いつも以上に危ない場所まで」入ってしまったことだ。
- 天涯孤独で身寄りがない
- 生計のためにリスク高めの仕事を選ばざるをえない
- そのうえで、いつもは避けていた急斜面に踏み込む
当時は入山届もないし、この時点で、もし何かあっても探しに来てくれる人がいない前提になっている。
山の仕事としては、完全に「ワンミス即ゲームオーバー」の条件だ。
縄一本と籠だけで、補助のロープや、誰かと組んで作業している描写もない。



吉作が貧しさに押されてハイリスク側を選んでしまったところが、すでに一段目の詰みポイントなんだ。
② 「ちょっと座るだけ」のつもりで命綱を離す
二つ目が、いちばん分かりやすい失敗だ。
真下に腰掛けやすそうな岩棚が見えたとき、吉作は「縄の長さぎりぎりまで下りて、岩場に着いたら縄を離して休憩」という動きをしている。
ここで問題なのは、
- 疲労で岩棚が本当に安全かどうか確認しない
- 縄を離したら戻れないリスクを頭の中でシミュレーションしていない
この二点だ。
「ちょっと座って一服するだけ」のつもりで、実質的には唯一の帰り道を自分の手から手放していることになる。
本来なら疲れ切る前に上に戻るべきだが、欲が出て夢中で岩茸を獲ってしまった。
山の仕事として見たとき、ここは完全にヒューマンエラーなんだが、それでもまだ「崖に座った瞬間」がゲームオーバーではない。
③ 「声」に頼るしかない位置まで落ちてしまう
三つ目の詰みポイントは、岩棚の位置そのものだ。
吉作の落ちた場所はすでに絶壁で、上にも下にも逃げ場がない。斜度と高さ的に、落ちても登っても死ぬゾーンで外界との接点が「声で届くかどうか」しかない。
吉作は自力脱出が無理だと悟り、ひたすら叫び続けるが、谷に反響するうちにその声は歪み、「化け物の叫び」として噂だけが独り歩きしてしまう。
ここがいちばん悲しいところで、吉作自身は生還に向けて最大限努力しているのに、その行動がむしろ「人を遠ざける噂」を強化してしまうんだ。
この三段階を踏んでいるので、崖に腰掛けた一瞬の気の緩みで死んだというより、貧しさ・装備不足・単独行・危険斜面・地形・噂。
これ全部が積み重なった結果、最後の一歩を踏み外したと言った方が近い。



”自分にも起こりそう”っていう生々しいシチュエーションが余計に恐怖なんだよな…
吉作が助かるルートはあったのか?『吉作落とし』の生存パターンを現実的に検証する


ここが一番気になるポイント。吉作は本当に飛び降りる他、道はなかったのか?
正直なところ、吉作があの岩棚から生還する確率はかなり低い。



ただ、「ゼロだった」と言い切る前に、いくつか“もしも”の分岐は確かにあった。
① 吉作に「誰か一人でも本気で心配してくれる人」がいたら?
まず一番分かりやすいのは、人間関係のルートだ。
- 仲のいい家族や友達がいた
- 「あいつ、何日も帰ってきてないけど…」と心配してくれる人がいた
こういう存在がいれば、「山から変な声が聞こえるらしい」って噂を聞いたとき、「もしかして吉作じゃね?」って発想にたどり着く可能性は、今よりずっと高かったはずだ。
実際の吉作は、
- 身寄りなし
- 行方不明になっても「あいつ今どこいる?」って話題にすら上らない
という状態なので、「変な声」情報と吉作失踪がリンクしないのがいちばんキツい。
ここ、作品としては特に描写ないけど、かなり残酷なポイントだと思う。



誰も心配しないの、もはや村八分されてたのかと疑うレベルなんだけど…
② 叫びすぎ問題:体力と声の使い方を間違えた説
次に、「足音がしたら大声で叫ぶくらいでよかったのに、闇雲に叫んで寿命縮めたんじゃ?」問題。
これはかなり真理ついてると思ってて、現実の遭難でも
- 無駄に叫び続けて体力を消耗しない
- 人が通りそうな時間帯・音が伝わりやすそうなタイミングで声を使う
っていうのは定石に近い。
吉作の場合、時期的に人通りがほぼない場所で体力も水分もどんどん削れていくという悪条件の中で声一点張りで全力フルスイングをやってしまった。
結果として、体力はゴリゴリ削れ、声は枯れ化け物扱いされ、思考力もどんどん落ちるっていう、わりと最悪のルートに入っている。
冷静さが残っていれば、足音・物音がしたときだけ全力で叫ぶみたいな「長期戦モード」に切り替えた方が、生存確率はまだマシだったと思う。



……とはいえ、あの状況でそこまで冷静でいろっていうのも、相当無茶な要求ではある。
③ 今ある道具で「縄に届かせる」工夫は?
じゃあ、岩棚に取り残されたあの瞬間から「ワンチャン狙える手」はなかったのか。
一番現実的なのは、籠をバラして紐にし、上の縄に引っかけるラッソ作戦だろう。
- 岩茸の籠がツル編みなら、ほどいて一本の紐にできる
- 先端に小石を結んでオモリにし、輪っかを作る
- それを命綱めがけて何度も投げ、うまく引っかかったら手繰り寄せる
……理屈だけなら、ギリギリ「ありえなくはない」ルートだ。
問題は、縄までの正確な距離が分からないこと・崖の縁と自分の位置関係が微妙にズレている可能性・そもそも飲まず食わずでそこまで器用な作業ができるかどうか。
このあたりを考えると、成功率はかなり低いけれど、ゼロとは言い切れないくらいのラインになる。
もう一つの案は、服に汗と尿をしみこませて岩壁に貼りつけて、靴脱いで一気に駆け上がるという尿スパイダーマン作戦だ。正直これはかなり厳しい。
その理由は、濡れた布で摩擦が多少増えたとしても、垂直の断崖を走って登れるほどではないし指をかける出っ張りもほぼない状態。
足場は崖の途中のちっっっさい岩棚で全力ジャンプを繰り返したら、先に足か命が終わる。
絵面としては最高だが、現実の山では成功した瞬間に伝説になるレベルのミラクルだ。
むしろ、「尿でどうにかしよう」みたいなアイデアが真面目に浮かび始めた時点で、人間の判断力はだいぶ限界に来ているのかもしれない。



でも吉作は試す価値あったと思う。あいつ岩壁に落ちてから闇雲に駆けあがろうとしたり叫んでることしかしてねえぜ!?
『吉作落とし』とあわせて読みたい、山の怪談・ホラー伝承いろいろ
『吉作落とし』みたいに「幽霊不在なのに怖い」山の話は、じつは日本中にごろごろある。
ここでは、いくつか代表的な例だけかいつまんで紹介しておきたい。
天狗と山ノ神|山そのものが“異界”とされた話
日本の山には、昔から天狗や山ノ神の伝説がつきものだ。
山伏姿で鼻の高い妖怪として知られる天狗は、「山で起きる理解不能な現象をまとめて背負わされた存在」でもある。人々は、山で起きた怪異を「天狗の仕業」と呼び、やがて天狗そのものを山の神として祀るようになった。
登山口の祠に一礼する、刃物や鏡をお守りとして携える、といった“山の掟”も、
- 一応、実用的な意味(護身・遭難時の反射サイン)
- でも同時に、「山の神に失礼なことしたらマジで祟られる」という信仰
この二つがセットになっている。
つまり昔の人にとって山は、「観光地」じゃなくて神と怪異のナワバリだったわけだ。
青木ヶ原樹海|都市伝説化した“迷いやすい森”
富士山麓の青木ヶ原樹海も、典型的な「山+ホラー」の舞台だろう。
有名なのは、コンパスが効かない・死体がそこら中に転がっているみたいな都市伝説だが、現地調査では「コンパスは普通に使えるし、話として語られるほど死体だらけでもない」とされている。
それでも樹海が怖い理由はシンプルで、
- 植生が濃くて見通しが悪い
- 似た景色が続き、方向感覚を失いやすい
- 道を外れると、物理的に帰り道が分からなくなる
という、迷うための条件が全部揃っているからだ。
ここでもやっぱり、最後に人を追い詰めるのは幽霊じゃなくて地形と情報のなさである。
雪山の都市伝説「スクエア」|人間の数が合わない話
山ホラーの系譜としては、雪山遭難を題材にした都市伝説「スクエア」も外せない。
吹雪の中で遭難した大学生グループが、山小屋の四隅をぐるぐる歩き続けて眠気をしのぎ、なんとか生還する——という一見ほっこり系の話なのだが、「よく数えると、歩いていた人数が合わない」という不穏なオチがつくバージョンが有名だ。
ここで怖いのも結局、
- 吹雪で外界が完全に見えない
- 高度感覚も時間感覚も狂っていく
- 自分たちの状況を客観視できなくなっていく
という、環境によって人間の認知が壊れていくプロセスだったりする。



山なんて生半可な気持ちで入るもんじゃないな…
まとめ|『吉作落とし』が教えてくれる「山ナメんな」という教訓
この屈指のトラウマ回、『吉作落とし』。
初めて観たときの感想は正直、「いやもっとどうにかならんかったんか?」というモヤモヤと、「山には絶対近づかんとこ」という固い決意の二つだった。
冷静に考えると、吉作がもうちょい陽キャで、人並みにゆるく人付き合いしていたら——
行方不明になった時点で誰かが心配してくれて、「山から変な声がする」って噂とも、もっと早く結びついたかもしれない。
教訓として雑にまとめるなら、この三つに尽きる。
- 山に一人で入るな
- 欲張って“いつも以上に危ない場所”に行くな
- 「自分は慣れてるから大丈夫」と慢心するな
団子的には、この話を観て出した結論はシンプルだ。



山は下手な幽霊よりよっぽど怖い。
どんくさい団子は、絶対に山には近づかない。高尾山でもだ。
以上。
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