この季節になると、街でよく流れるクリスマスソング。
定番の『赤鼻のトナカイ』、みんな歌詞までちゃんと見たことある?
真っ赤な鼻を理由に、みんなから笑われていたトナカイ。
でもクリスマスの夜、サンタさんが「暗い夜道は、おまえの鼻が役に立つのさ」って声をかける。
日本語の歌詞だけ読むと、わりと“いい話”だ。
ところが原語(英語)の歌詞を見たら、意外とシビアで笑った。
焦げ団子今回は、クリスマスムード全開のこの季節に流れる『赤鼻のトナカイ』が、実はどんな話なのか調べてみたぞ!


日本語版と英語版の歌詞の違い|『赤鼻のトナカイ』はなぜ印象が変わるのか


同じ『赤鼻のトナカイ』なのに、日本語版と英語版では歌詞のニュアンスが少し違う。
理由はシンプルで、歌詞の「編集方針」がまったく違うからだ。
英語版の歌詞がシビアな理由|排除と手のひら返しがはっきり描かれる
英語版の歌詞は、想像以上に描写がはっきりしている。
英語版の歌詞では、こんな一節がはっきり出てくる。
All of the other reindeer
Used to laugh and call him names
They never let poor Rudolph
Join in any reindeer games
引用『Rudolph The Red Nosed Reindeer』
直訳すると、こんな感じだ。
結構、いじめ描写がはっきり書いてある。
「ちょっとからかわれてた」どころじゃない。
笑われて、名前でからかわれて、仲間外れにされている。
英語版を文字として読むと、これはもう普通に排除の現場だ。
そして、その直後に来るのが、あの有名な展開だ。
Then one foggy Christmas Eve
Santa came to say:
“Rudolph with your nose so bright,
won’t you guide my sleigh tonight?”
引用『Rudolph The Red Nosed Reindeer』
霧の深いクリスマス・イブ。サンタクロースが現れて、こう声をかける。
「その明るい鼻で、今夜はそりを導いてくれないか?」
ここで状況が一気にひっくり返る。
Then all the reindeer loved him
as they shouted out with glee,
Rudolph the red-nosed reindeer,
you’ll go down in history!
引用『Rudolph The Red Nosed Reindeer』
すると、トナカイたちは皆、
喜びの声をあげながらルドルフを愛した。
「赤鼻のトナカイ、ルドルフ!
おまえは歴史に名を残すだろう!」
さっきまで笑っていた仲間たちが、今度は一斉にルドルフを称賛する。
サンタという“権威”が必要だと言った瞬間、みんなの態度が変わる。
この切り替わり、かなり露骨だ。
日本語版だとやさしく包まれる部分だけど、英語版では「評価される理由ができたから受け入れられた」構図が、はっきり見える。
だから大人が読むと、「いい話」より先に「現実だな……」が来る。



このトナカイ達めちゃくちゃ腹立つやんけ。
日本語版の歌詞はなぜやさしい?|童謡としてマイルドに編集された理由
真っ赤なお鼻の
トナカイさんは
いつもみんなの
わらいもの
でもその年の
クリスマスの日
サンタのおじさんは
いいました
いつも泣いてた
トナカイさんは
今宵こそはと
よろこびました引用『赤鼻のトナカイ【日本語版】』
これは直訳ではなく、日本語の童謡として成立させるための翻案寄りの訳詞だ。
その結果、英語版にあった刺々しい部分は、ほぼ丸ごと削られている。
笑われていたことは触れられるが、「仲間に入れてもらえなかった」という具体的な排除行動までは描かれない。
ラストも、「サンタさんが言いました」「トナカイはうれしかった」で、きれいに終わる。
全体としては、「欠点だと思っていたものが、実は長所だったね」というやさしい童謡の着地になっている。



同じ曲なのに随分と歌詞の印象が違うな。
なぜ『赤鼻のトナカイ』は、あんな構造の歌になったのか|英語版が露骨な理由


英語版『赤鼻のトナカイ』の一番の特徴は、排除 → 必要とされる → 一気に評価が反転するという構造をかなり露骨に描いているところだ。
これには、かなりはっきりした理由がある。
理由① もともと『赤鼻のトナカイ』は子ども向けの歌として作られていない
まず前提として、『赤鼻のトナカイ』は最初から“歌”として生まれた作品ではない。
1939年、アメリカの百貨店モンゴメリー・ワードが、クリスマスの販促用として配布するために作った短い物語が原型だ。
つまりこの時点で想定している読者は子ども「だけ」ではない。大人も目にする。
「話として面白いかどうか」が普通に問われる。
だから最初から、やさしい童話に振り切る必要はなかった。
むしろ、最初は嫌な現実をはっきり見せて後半で一気にひっくり返す。
その落差があるほうが、物語として分かりやすく記憶にも残る。
英語版『赤鼻のトナカイ』は、この“ドラマとしての強さ”を最初から優先して設計されている。
理由② サンタという権威が評価をひっくり返す構造になっている
英語版の決定的な特徴は、状況が好転するきっかけが「優しさ」じゃないことだ。
仲間たちは自分たちの態度を反省したわけでもない。
ルドルフの内面を理解したわけでもない。
霧の夜に現れたサンタ――つまり絶対的な権威が「お前が必要だ」と言った瞬間に、空気が変わる。
これは、かなり現実的な描写でもある。
会社でも、学校でも、組織でも、
- 誰が言ったか
- どんな場面で必要とされたか
- 役に立つかどうか
この条件が揃った瞬間に、評価が一気に反転することは珍しくない。
英語版は、この構造を一切ぼかさない。
ルドルフは優しいから認められたわけじゃない。
個性が尊重されたわけでもない。
「使いどころが来たから評価された」。
それをそのまま書いてしまうところが、英語版の正直さであり、物語としての強さでもある。



それにしてもストレートすぎるだろう。
理由③ 日本語版の歌詞が“権威の逆転”を削った理由
一方、日本語版はどうか。
日本語版は、この「権威による手のひら返し」をほぼ消している。
理由はシンプルだ。
この構造をそのまま日本の童謡に持ち込むと、後味が悪すぎる。
日本の童謡は、みんなで歌えること・空気が重くならないこと・感情の着地が穏やかなこと、が最優先される。
「偉い人が褒めたから急に認められました」という展開は、子ども向けの歌としては、あまりにも生々しい。
だから日本語版は、排除をぼかし、権威の影を薄め「うれしかった」という感情で静かに終わらせる。
この編集は、文化に合わせた調整だ。
同じ物語でもどこを削って、どこを残すかで歌の性格はここまで変わる。



クリスマスにそんな社会の闇話聞きたくねえ。
まとめ|『赤鼻のトナカイ』は同じ曲でも、文化でここまで変わる
『赤鼻のトナカイ』は、英語版で読むとわりとシビアな話だ。
それでもこの曲が、長年世界中で愛されてきたのは事実。
明るいメロディと、歌いやすさ。
いろんな歌手に歌われ、企業やメディアに使われ、クリスマスの空気に溶け込んできた。
そうやって何度も編集され何度も歌い継がれてきたからこそ、今年もまたこの曲は街に流れる。



もし街で『赤鼻のトナカイ』が聞こえてきたら、歌詞を思い出してちょっとニヤリとするのも悪くない。


音楽・文化史カテゴリの最新記事























