昔、日本人形に似ていると言われたことがある。
褒められているのか、微妙にディスられているのか、正直よくわからないやつだ。
日本人形といえば、和な顔立ち、感情をあまり表に出さない表情、じっとこちらを見つめてくる目。
いまでも「怖い」と言われがちな存在だけど、ふと気になった。
焦げ団子これって、現代の感覚なんだろうか?
それとも、日本人形が作られていた当時の子どもたちも、同じように怖がっていたんだろうか。
この記事では、
- 日本人形が生まれた背景
- 昔の子どもと日本人形の関係
- 日本人形を「怖い」と感じる感覚はいつ生まれたのか
このあたりを、文化史寄りの視点で掘ってみる。



いわゆる怪談ホラーとして消費される前の日本人形の立ち位置を探っていくぞ!
日本人形はいつ・何のために作られていたのか


日本人形と聞くと、「飾るもの」「じっと見つめてくるもの」というイメージが先に立つけれど、そもそも最初から鑑賞用や不気味な存在だったわけではない。
代表的なのは、雛人形、市松人形、抱き人形といった種類だ。
これらに共通しているのは、子どもと強く結びついた存在だったという点。
雛人形は、女の子の健やかな成長を願うもの。
市松人形や抱き人形は、子どもが抱いたり、遊んだりするための人形だった。
さらに古い文脈では、人形には次のような役割が重ねられていた。
- 厄や穢れを引き受ける「身代わり」
- 無事な成長を祈るための象徴
- 家の外に流される、祓いの道具
つまり、人形は「不吉な存在」ではなく、「守るための存在」だった。
少なくとも作り手である大人たちにとっては、その意味はとても明確だったはずだ。
子どもの健康、成長、無事を願う。そのために、人の形を借りただけ。
この時点で、日本人形は「怖がられる前提」で作られていたものではない。
むしろ、怖いものから守る側の存在だったと言える。



これだけ聞くといいことばっかりだけど…
じゃあ子供達自身はどう思ってたんだ?
当時の子どもは日本人形をどう感じていたのか
結論から言うと、昔の子どもたちも、日本人形をわりと普通に怖がっていた。
江戸後期〜昭和初期の回想・随筆・民俗記録を読むと、日本人形は「かわいいおもちゃ」と同時に「日常のちょっとした恐怖」としても認知されてることがわかる。
夜は人形に布をかける
押し入れ・床の間が定位置
子どもが嫌がるので触らせなかった、という大人側の証言
これは一部の怪談マニアじゃなく、民俗学・生活史の文脈で普通に出てくる話である。
正直な話、これは子どもだけじゃなく、大人でも普通に怖い。



昔の、明かりも少ない時代なら特に不気味。
また、実際に日本人形にまつわる怪談話も多く、有名どころでいくと北海道のお菊人形。
北海道の真言寺にある人形で、髪が伸び続けると語られ今も定期的に髪が切られているといわれている。
あとは夜になりトイレに行く途中、人形がこっちを見ているとか、捨てたはずの人形が戻ってくるとか怖い話が尽きない。
(もちろん髪が伸びるのは単なる経年劣化、日本人形の造形によってライトの当て具合で表情が変わるように見えるといった裏付けも存在するが、全部が全部科学で証明されているわけではない。)
こうしたことから、日本人形は子どもが抱いて遊ぶ存在というより、家の中に元からある、少し距離感のある玩具という距離感だった。
なぜ日本人形は「怖い」と感じられるようになったのか


ではここではどうして日本人形が「怖い」と言われ始めたか解説していくぞ!
理由① 見た目が普通に怖い
まず避けられないのが、造形そのものだ。
日本人形は人間そっくりに作られているのに、肌は白く、生気がない。
表情はほとんど変わらず、黒目がちな目はじっとこちらを見つめてくる。
しかもサイズ感が子どもに近く、暗がりでは一瞬「人」と誤認しそうになる。
昼間は平気でも、夜になると一気に印象が変わる。
これは理屈以前に、本能的にくるやつだ。



暗がりで見る日本人形は格別だ!
理由② 日本人形はただの玩具じゃなかった
当時の日本人形は、かわいいだけのオモチャではなかった。
前の章で話した通り、雛人形といった身代わりや厄除け・成長祈願といった意味が最初からあって「人の形をした物」には、特別な役割があると考えられていた。
だから大事に扱われる一方で、雑に触ってはいけない、夜はしまう、という距離感も自然に生まれる。
大切なものだからこそどこか怖い。その感覚が家の中に普通にあった。
理由③ 実は大人も日本人形をちょっと怖がっていた
子どもだけが怖がっていたわけじゃない。
夜になると布をかけたり、押し入れや床の間に置いたり、目を合わせないように工夫されてた。
口では「大切なものだから」と説明しつつ、実際の扱いはどこか慎重すぎる。
その微妙な空気を子どもは敏感に感じ取る。



「これは気軽に触らない方がいいものなんだな」と。
理由④ 「変なことが起きた」と思いやすい条件がそろっていた
無表情で、人間の髪を使い、ガラスの目を持つ人形が、暗くて湿気のある日本家屋に置かれる。
経年劣化で髪がずれたり、素材がきしんだり、光の加減で表情が変わって見えることもある。
すると、向きが違う気がする・目つきが変わった気がする・音がした気がする。
「気のせい」で流すには、ちょっと気持ち悪い事象も起こりやすい環境にある。
でも現代では、映画やゲーム、アミューズメントパークで大人気の日本人形


ここまで読むと、「じゃあ日本人形って、ずっと怖がられてきただけなの?」と思うかもしれない。
でも実際は、現代の日本人形の扱われ方はかなり分裂している。
まず、日本国内では今でも正の文脈で生きている。
雛人形はその代表例だ。女の子の成長を願う行事として、今も毎年きちんと飾られる。
怖いというより、「きれい」「伝統」「季節の風物詩」という扱いに近い。
七段飾りを見て育った人も多いだろうし、この文脈では日本人形は今も“守る側”の存在だ。
一方で、ホラー文脈では完全にスターになった。
映画、ドラマ、ゲームといったモチーフにも採用され、『ドールハウス』『育てて日本人形』『生き人形』といった有名作品も数々生み出された。
日本人形は「出てきた時点で怖い」存在として即戦力だ。
USJのハロウィーン・ホラー・ナイトでも、和風ホラーのゾーンには日本人形が配置されることもあったし、近年では日本人形が襲って(!?)きたりもしていた。
面白いのは、「大事にされすぎた結果、供養される存在にもなっている」ことだ。
和歌山の淡嶋神社のように、役目を終えた人形を集めて供養する場所もある。
捨てるのは気が引ける。でも持ち続けるのも、ちょっと怖い。
だからきちんと別れる場所が必要になる。
これも、日本人形がただのモノじゃないと感じられている証拠だ。
さらに、日本人形の怖さは海外にも輸出されている。
海外のホラー映画やゲームでは、日本人形は「Creepy Japanese Doll」とよばれてて「説明不要のジャパニーズ・ホラーアイコン」として登場する。
理由や背景は分からなくても、見た瞬間に「なんかヤバい」と伝わる。
これはもう、文化を越えてしまった怖さだ。
つまり現代の日本人形は、守りの象徴として飾られ、恐怖の象徴として消費され、大事にされすぎて供養され、そして世界的ホラーアイコンにもなった。
同じ存在なのに、役割が全部違う。
それでもどこか一貫しているのは、「人の感情を強く引き寄せる存在」であり続けていることだ。



時代や国を跨いだアイドルってわけだ!
まとめ|日本人形は「怖い」のに、なぜか惹かれてしまう
ここまで見てきた通り、日本人形は昔からずっと不思議な立ち位置にいる。
もともとは子どもの成長を願い、厄を引き受け、守るために作られた存在だった。
でもその一方で、人間そっくりなのに生気がなく、意味を背負わされすぎた造形は、当時の子どもたちにとっても正直ちょっと怖かった。
その「なんか怖い」という感覚が、時代を越えて語られ、物語にされ、今では映画やゲーム・ホラーイベントの定番モチーフにまで育った。
怖いけど、捨てられない。不気味だけど、目が離せない。
そういう文化ってわりと強い。
日本人形は、今でもちゃんと守られるべき重要な文化のひとつだと思う。



よく知る人によると人形は大切にしてあげると目がキラキラしてくるらしいぞ!かわいがってあげてくれ!
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