最近、カフェでもコンビニスイーツでも、感想を求められるとつい「普通に美味しい」って答えてしまう。
これ、もはや現代日本人の感想自動翻訳機みたいなものだと思う。
心のなかでは「まあ悪くないけど特筆すべきもんでもないな」と思ってても、
「美味い!」とまでは言い切れずでも「まずい」ほどではないから、間を取って普通に美味しいって言う。
褒めてるようで、何も伝わらない。
一番信用できないフレーズだと思ってる。
1. 「普通に美味しい」ってどんな味?
そもそも、「普通に美味しい」ってなんだ。
普通に=当たり前に=無難に=特に何も感じない
でもそれを言っちゃうと角が立つから、わざわざ「美味しい」を付けて、評価をプラスに見せかける。
「普通に美味しいです!」ってレビュー、冷静に考えたらほぼ味の記憶ゼロって意味だよな。
SNSも口コミもこの言葉だらけ。
いや、逆に「普通じゃない美味しさ」ってどんな味なんだよ。
「エグい!」「バグってる!」「これはヤバい!」
……そう言えるものなんて、人生に何回も出会わない。
だからこそ、みんな「普通に美味しい」に逃げがち。
責任もリスクも背負わず、でも「まずい」とは絶対に言いたくない。
現代日本語、便利すぎて逆に信用ならない。
たとえば映画で言えば――
ガチ勢が集うレビューサイトなら「ストーリー構成が破綻」「演技が刺さる」「音響設計が神」とか、
ディスも絶賛も本気の感想が飛び交う。
ガチの映画オタクは、褒めるにも貶すにも「責任」を背負ってレビューするから、「普通に面白い」とは絶対言わない。
そこに“魂”がある。
でも、X(旧Twitter)やインスタのストーリーで映画感想を発信する場合はどうだ?
文字数も限られてるし、何より「いいね」もらいたいから、みんな無難な言い方に流される。
「普通に面白かったです!」
「エモかった~」
「泣けた!」
…結果、感想が共感しやすい薄味パックに加工されてしまう。
「無難に褒めときゃ炎上しないし、共感もされるだろ」っていう、現代SNS時代の自己防衛感想が量産されてる。
でもこれって、実際には、
「どこが面白かったのか?」
「何が刺さったのか?」
全然伝わらない。
無難な感想ばかり繰り返してると、自分の「本音」まで希釈されていく気がして、ちょっと怖くなる。
2. 「普通」と「無難」に逃げる心理――“失敗したくない”時代の言葉
SNSで「普通に美味しい」「普通に面白かった」を乱発してしまう理由、
これ突き詰めると「叩かれたくない・嫌われたくない・失敗したくない」っていう現代人の防御本能が根っこにある。
■最大公約数の“いいね”狙い
「美味しすぎ!」「人生最高!」と本音をさらして、
もし誰にも共感されなかったら恥ずかしいし、逆に「まずい」「微妙」とガチ評価すれば敵を作るリスクもある。
だから、
- 「普通に美味しかったです」
- 「無難に楽しめました」
- 「思ってたより悪くない」
――この辺の“どっちでもない”評価が急増。
誰からも嫌われないし、ちょっとだけ褒めてる風で角も立たない。
最大公約数的な「いいね」がもらえるから、脳も安心。
■無難ワード量産で「本音の味」がどんどん薄まる
この「無難な感想でごまかす」癖がつくと、自分の感動も怒りも全部フィルターにかけてから発信するクセが身につく。
最初は「SNS用」だったのが、
だんだん本当に「何が良かったのか」すら自分でも分からなくなる現象。
- 「これ好きって言い切ったら、変なやつ扱いされるかな」
- 「微妙って言ったら、空気読めないと思われるかも」
- 「とりあえず普通って言っとくか」
結果、自分の本音・個性・感受性まで希釈される。
そのうち、何食っても「普通に美味しい」しか言えなくなったら――
もはや人生そのものが味のしないガムになってくる。
3. 団子的まとめ――「普通」をやめて、ちゃんと“味わえ”
世の中は「普通に美味しい」「無難に良かった」みたいな、自分にも他人にもダメージゼロな感想で溢れてる。
けど、その“安全地帯”に引きこもるほど、どんどん本音が希釈されていく気がしてならない。
焦げ団子は、
「つまらないものはつまらない」
「これはガチで人生変わった」
「めちゃくちゃ不味かった、時間返せ」
…そんな責任ある感想を堂々と残していきたい。
他人にどう思われるかより、
「自分の味覚・自分の感性」に誇りを持てるかどうかが一番大事だと思ってる。
だから今も昔も変わらずこのスタイルを貫いて行こうと思う。
“普通”を卒業して、自分の人生にちゃんとパンチ効かせようぜ
せっかくブログやってるなら、
- 好きなものは「好き」と言い切る
- ダメなものには「ダメ」と書く
- 人とズレてても「それが俺だ」くらいの気合でいこう
その積み重ねが、自分の「普通」じゃない人生を作っていく。
読者も、「こいつ本気で書いてるな」って伝わるはず。
団子的投げかけ
今日もまた、「普通に美味しい」で感想を終わらせそうになったら――
「本当にそれで満足か?」って一回だけ、自分にツッコんでみてほしい。
もし少しでもモヤモヤしたなら、「それが“個性”の芽」ってこと。
その芽を、ちゃんと現実で育てていこうぜ。