『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観た。
舞台は真夏の田舎のショッピングモール。
ざわざわした空気と高い天井、どこか懐かしいような地方の夏休みが広がる場所。
そんな日常の景色の中で、ふとした偶然から始まる一夏の物語だ。
鮮やかな色彩と、少し不思議でやさしい空気が流れる作品。
焦げ団子今回はそんな『サイダーのように言葉が湧き上がる』をレビューしていこうと思う。
サイダーのように言葉が湧き上がる|あらすじ
物語の舞台は、地方のショッピングモール・ヌーベルモール小田。
夏休みのざわめきの中で、チェリーとスマイルは偶然ぶつかる。
チェリーは、人と話すのが苦手な男子高校生で、気持ちをうまく言葉にできないかわりに俳句にしてしまうタイプ。
スマイルは、前歯の矯正が恥ずかしくてマスクが外せない配信者。
そんな2人が、ショッピングモール内の福祉施設「陽だまり」でアルバイトを通じて再び関わるようになり、そこの利用者のフジヤマさんが探している思い出のピクチャーレコードを一緒に探すことになる。
夏の日常の中で、ショッピングモール・配信・俳句・レコードが2人をつなぎ、少しずつ距離が縮まっていく。
サイダーのように言葉が湧き上がる|見どころ
ここからは『サイダーのように言葉が湧き上がる』の見どころを語っていこうと思う。



ネタバレ注意だよ!
色彩がまずこの作品の気持ちよさを作ってる
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、まず画面の色がとにかく気持ちいい。
空の青もキャラの服の色も、ショッピングモールの看板のカラフルさも、全部が夏の明るさをそのまま映してるのに、ぜんぜんギラつかない。
アニメらしいハッキリした色づかいなのに、画面がスッと抜けてて、重たさとか湿度みたいなものを感じない。
夏の記憶の明るい部分だけ抽出した世界っていう表現が一番近いかもしれない。
空の濃い青は見てるだけで気分が上がるし、キャラの服はそれぞれの性格がパッとわかる原色寄りのデザインになってる。
派手な色を使ってるのに、画面がずっと爽やかに動いていて静かな作品なのにテンポが良く感じるのは、この色づかいの力がかなり大きいのかも。
俳句がチェリーの気持ちの変化を語る
チェリーって、最初からずっと言葉が出づらい子なんだけど、実はその裏にあるのは 「本音を直接言うのが怖い」 っていう、ごく普通の弱さなんだよな。
で、その弱さをごまかすために使ってるのが 俳句。
俳句って短いし、季語で気持ちを誤魔化せるし、SNSに放っておけば届くかどうかは相手次第っていう絶妙な距離感が作れる。
つまりチェリーにとって俳句は、本音を外に出しても傷つかない安全地帯 だった。
でも、この逃げ場がどんどん 恋の進捗メーター に変わっていくのが、この作品のいちばん面白いところ。



ここからは、彼の俳句がどう変化していったのか、そのまま時系列で辿っていく。
①「夕暮れの フライングめく 夏灯」
ここは完全にまだ誰にも触れてない夏。
夕暮れの空気とか、店に並ぶポップアップの灯りとか、「何か始まりそうでまだ始まってない」あの位置。
ほんのり期待はあるけど、まだチェリー自身は誰ともつながっていない。
②「聞きづらい 声の持ち主 夏探し」
ここでやっと 「自分は話すのが苦手だ」 って自覚が入る。
「夏探し」って表現は、=誰かとの出会いをうっすら望んでる状態。
でもまだ完全に単独。世界とチェリーの間に距離がある。
③「十七回目の7月 君と会う」
ここで世界が点になる。
自分、季節、年齢、そして君。
それが一本の線でつながる瞬間。
ここからチェリーは世界を見る → 誰かを見る へ移行する。



恋の始まりが一番素直に出てる句。
④「向日葵や 可愛いの意を辞書に聞く」
もう 完全に恋の入口。
「可愛い」の意味を辞書で調べるの、初心者すぎて逆にリアル。
わからない気持ちを、言葉に頼って整理しようとする。



この不器用さがめちゃくちゃ青春。
⑤「青葉(歯)闇 理由を知りたい だけなんだ」
ここだけ急にトーンが落ちる。
スマイルのコンプレックスに触れようとしてる段階。
恋から、相手の痛みに寄り添いたい気持ち に変わってる。
彼はもう、自分の感情のためじゃなく、スマイルの世界の暗い部分を知りたいと思ってる。



チェリーの優しさが一番くっきり出てる句。
⑥「サイダーのように言葉が湧き上がる」
タイトル回収。
でも中身は「気持ちがもう抑えきれない」 っていう状態。
今まで言えない自分だったのに、言葉が自然に溢れていく。
恋が加速してる瞬間。
⑦「雷鳴や つたえるためにこそ 言葉」
ここがチェリーの転換点。
言葉はこわいと思ってた自分から、伝えるために使う自分に変わってる。
雷鳴=勢いと恐さの象徴。その中で前に進もうとしてる。
もう逃げる側の人間じゃない。
⑧「夕虹や きみに いいたいことがある」
告白直前の空気。
夕虹って、綺麗で儚くて、この瞬間しかないっていう特別な情景。
胸の内がもう抑えられてない。
ここまで来たらもう言うしかない。
⑨「やまざくら かくしたその葉(歯) ぼくはすき」
チェリーの到達点。
スマイルがずっと隠してきた“歯”を、そのまま受け止めて「すき」と言う。
これ、ただの恋じゃない。肯定そのもの。
初期の「世界に触れられないチェリー」とは別人になってる。
この句だけで、チェリーがどれだけスマイルをちゃんと見て、そのままのスマイルを受け入れようとしたかが全部わかる。
ラストで媒体じゃなく「言葉」を選ぶチェリー
ラスト、チェリーは俳句を読むんじゃなくて、スマイルに向かって叫ぶ。
「君に言いたいから言う」ただそれだけの、でも彼にとっては人生最大レベルの一歩。
ここで、今まで俳句に閉じ込めてきた気持ちが全部回収される。
チェリーの俳句は、最初の世界を遠くから見てる句から始まって、スマイルと関わるほどに誰かのための言葉に変わっていく。
季語や比喩の裏に隠れてた感情が、だんだんそのまま顔を出し始める感じ。
そしてこの変化って、スマイル側のコンプレックスを隠したい気持ちとリンクしてる。
チェリーもスマイルも、どちらも“言えないこと”“見せたくない部分”を抱えてる。
だからこそ俳句が響くし、チェリーは彼女の苦しみの理由を「知りたいだけなんだ」って句に落とし込む。
フジヤマさん夫婦の回想が、二人の未来をそっと照らす
この映画でいちばん静かで、いちばん深く刺さるのはここだと思う。
フジヤマさんの亡くなった奥さんは、スマイルと同じく前歯にコンプレックスがあった。
でもフジヤマさんは、その“気にしてしまう部分”ごと丸ごと愛していた。
この夫婦の回想って、映画の中で大きく語られない。
でも、この構造はチェリーとスマイルの関係の“未来の形”をあの夫婦が静かに映していると言うことだと思う。
恋ってキラキラしてる時だけじゃなくて、コンプレックスとか、言えない弱さとか、「自分でも好きになれない部分」まで抱えていくものだと思うんだけど、フジヤマさんはそれを自然にやってきた人なんだよな。
この静かな肯定が映画の芯にあって、だからチェリーとスマイルの物語も軽く見えないし、見終わったあとに余韻が残る。
若い2人の恋の裏側で、大人の夫婦の“本物の愛”が作品全体をそっと支えている。
この映画はここで深さが決まる。


サイダーのように言葉が湧き上がる|まとめ
『サイダーのように言葉が湧き上がる』は、派手でもないし衝撃的な展開があるわけでもない。
けど、「言えないままの気持ち」が、どうやって誰かと繋がるのか。そこを丁寧に掘り下げてくる作品なんだよな。
コンプレックスが消えるわけじゃないし、過去がきれいに片付くわけでもない。
でも誰かに伝わった瞬間、世界がちょっとだけ前に進む。
その小さな一歩をわざと大げさに描かずに静かに、優しく、ちゃんと積み上げて見せてくれる映画。



なんかこういうの、
年を重ねた今だからこそ刺さるんだわ。
こっちは大人の恋愛ストーリー


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