【自作小説】朝という名の小さな戦争|布団と理性の脳内会議で毎朝負けかける話

【自作小説】朝という名の小さな戦争|布団と理性の脳内会議で毎朝負けかける話

朝は、目覚ましで始まるんじゃない。目覚ましが鳴る前から、脳内の会議が始まっている。

司会は理性、書記は不安。そして最終決裁権を持つのは布団だ。

焦げ団子

今日も人間は、布団という巨大な権力と戦う。

目次

脳内会議、開会

朝、目覚ましが鳴るより先に、脳内の会議が始まる。

議題はいつも同じ。

「起きるべきか、あと5分寝るべきか」

司会は理性、書記は不安、そして最終決裁権を持つのは布団である。

布団は強い。人類史上もっとも説得力のある柔らかさを持っている。

理性が「時間だ」と言っても、布団は無言で「ここにいろ」と圧をかけてくる。

しかも温度がちょうどいい。これはもう勝ち目がない。


ただ、今日は違う。昨日の夜、未来の自分に誓ったからだ。「明日はちゃんと朝早く起きる」と。

未来の自分は、だいたい裏切られる側の被害者である。

被害者は増やしたくない。増やすのは筋肉と語彙と貯金だけでいい。

そう思って、まず腕を一本だけ外に出した。

寒い。寒すぎる。

腕が「撤退」を提案してくる。理性が「続行」と言う。

不安が「でも寒いよ」と言う。書記が議事録に「寒い」しか書かない。

会議が一瞬で崩壊しかける。


そこで私は勝つための裏技を使う。

布団から出るのではなく、布団を裏切る。

つまり、布団の中で起き上がる。これができれば半分勝ちだ。

人間、ゼロか百かで考えると負ける。まずは一ミリ勝て。そういう話である。

私は布団の中で上体を起こした。

布団は「え?」という顔をしているはずだ。

布団にもプライドがある。たぶん。


次の関門は足を床に下ろす儀式。床は冬になると人格が変わる。

昼はただの床だが、朝は氷属性の敵になる。

慎重に足先を出すと、床は容赦なく冷たい。

足が「返品したい」と言う。誰に。何を。返品とは何だ。

それでも立つ。立った瞬間、人は「終わった」と思う。

何が終わったのかは分からないが、とにかく終わった気がする。これが朝である。


洗洗面所に向かい、鏡を見ると、そこには「昨日の自分の続き」がいた。

髪は寝た方向に正直で、目はまだログインしていない。

顔を洗う。冷水が「起きろ」と言う。

私は「うるさい」と言う。

冷水は無言で二回目を投げてくる。

私は負ける。だが、負けたことで目は開く。

人生はそういうときがある。


朝ごはんをどうするか問題も発生する。

時間がないときほど人は壮大なメニューを思いつく。

「栄養バランスを考えて、卵と野菜と……」みたいな理想が脳内でプレゼンされる。

でも現実はパンか、何もなし、の二択に落ち着く。

私はパンを選ぶ。

パンは偉い。焼けばうまいし、そのままでも成立する。

しかも「忙しかったんだね」と言ってくれる顔をしている。

パンに顔はないが、ある気がする。朝はそういう幻覚が出る。

改札の「ピッ」に審査される

【自作小説】朝という名の小さな戦争|布団と理性の脳内会議で毎朝負けかける話

外に出ると、街はすでに動いている。

みんな、何事もなかったかのように歩いている。

でも私は知っている。彼らもさっきまで布団と戦っていたはずだ。

戦友である。誰にも言わないけど、心の中で握手する。


駅に着く。改札が「ピッ」と鳴る。

私はこの「ピッ」に毎回、軽く審査されている気分になる。

「あなたは今日も社会に参加しますか」と聞かれている感じだ。

私は「はい」と答える。改札は「よし」と言って通してくれる。

たまにエラーが出ると、人は急に悪人になる。

何もしてないのに止められる。改札の前で固まると、後ろの人の圧がすごい。

人間は並ぶと戦闘力が上がる。無言のまま「早くしろ」ビームを撃ってくる。

私は心の中で謝りながら、機械に好かれる祈りを捧げる。

無料でできる最強のリセット

電車に乗ってつり革を握る。

つり革は、握ると「今日も生きろ」と言っている気がする。

言っていない。だが言っている気がする。

窓に映る自分を見て、「ちゃんと人間の形をしているな」と思う。

朝の自分は、人間の形をした未完成品だ。

だから完成品っぽく見えるだけで、ちょっと嬉しい。


そのときポケットの中のスマホが震える。

通知が来る。通知はだいたい、「今すぐやれ」と言ってくる。

メール、メッセージ、予定、請求。全部、今すぐ。

私は「今すぐじゃなくていいだろ」と思う。

でも通知は強い。小さいくせに強い。


私は画面を見て、一度深呼吸する。

深呼吸は、無料でできる最強のリセットボタンだ。

吸って、吐く。それだけで脳内会議が少し静かになる。

書記が「落ち着いた」と書く。布団は遠い場所で悔しがっている。たぶん。


私は今日の自分に言う。「勝て。全部じゃなくていい。一個でいい。昨日より一ミリ進め」。

そう言って、電車の揺れに合わせて心の中で小さくガッツポーズをする。

誰にも見えない。だからこそいい。

人間は、こっそり勝つと強い。


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