夢を追うって、聞こえはいい。
でも「努力せずに特別扱いされたいだけ」なら、それはただの逃避だ。
中島敦『山月記』に出てくる李徴は、まさにそのタイプ。
「俺には才能がある」って信じたまま、誰とも競わず、努力もせず、
うまくいかなくなったら、勝手に壊れて虎になった。
…読んでて、どこかで「これ、自分もやりかけたな」と思ってしまうのが正直こわい。
教科書で読む名作 山月記・名人伝ほか (ちくま文庫)/中島 敦 (著)
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「何があるのかざっくり見たい」という方は、先にこっちから眺めてもOK。
これは器用貧乏の成れの果てかもしれない
李徴。
イケメン、エリート、妻子あり、そして詩の才能もそこそこある。
スペックだけ見たら普通に“勝ち組”だった。
でも彼は、「俺は詩人になるんだ」と安定した仕事を捨てる。
――ところが現実は、拍手もバズりも来ない。
そのうち食えなくなって、仕方なく元の職場に“出戻り”。
で、戻ってきたら何が待ってたかというと――
かつて馬鹿にしてた同僚がめっちゃ出世してるという地獄。
かつて「アイツは三流」って歯牙にもかけなかった男に、頭を下げる立場になってる。
李徴、ここで精神がぷつんと切れてそのまま失踪。
その後、ガチで虎になる。
自意識が爆発すると、物理的に虎になれるという教訓。
数少ない友人・袁傪(えんさん)が菩薩すぎる
虎化した李徴と再会するのが、旧友・袁傪。この袁傪がまたすごい。
人間関係スッカスカの李徴の数少ない友人でありながら、全然キレない。
虎になった李徴を見ても、「えっ…虎?」じゃなく、即受け入れる包容力。
すごい。どんな器よ。
たぶん袁傪がいなかったら、李徴は虎のまま誰にも認められずに終わってた。
というかあの人格で友達ゼロじゃなかったのが奇跡。
…てかお前、袁傪レベルの友達、人生で1人でもいたか?
李徴が虎になった“本当の理由”
李徴は少しずつ人間の心を失っていく。
詩はそこそこ上手い。でも突出した才能まではなかった。
なのに彼は、誰にも弟子入りせず、
志を同じくする仲間と切磋琢磨するわけでもなく、「自分は特別な存在」と信じることで、孤独の中に閉じこもった。
しかも人と交わるのが怖いくせに、「俺を凡人扱いするな」というプライドだけはめちゃくちゃ高い。
臆病な自尊心と、尊大な羞恥心。
それが噛み合わず暴走した結果、虎になった。
“才能がないとわかるのが怖い”という病
李徴の一番痛いところは、「もし自分に本当に才能がないとわかったら、自分が壊れる」って思ってたところ。
だから努力するのが怖かった。比較されるのが怖かった。
でも世の中には、「そこまでの才能はないけど、地道に努力してちゃんと詩人になった人」が山ほどいる。
李徴はそれを認められなかった。そのくせ「誰も俺の繊細さをわかってくれない」と拗らせ続ける。
そして最後の最後まで…妻子よりも「自分の詩が残るかどうか」を気にしてる。
この期に及んでまだ自己肯定欲に飢えてる自分に、
李徴自身もうっすら気づいてて、そこに自嘲の涙を流すあたりが一番こわい。
器用に生きてきた人間ほど、努力ができないことがある
李徴の悲劇は「才能があるっぽく見えた」せいで努力から遠ざかってしまったことでもある。
彼は若い頃からそこそこ頭もよくて、詩もうまい。周囲の評価も悪くなかった。
でも、それがむしろ「努力しなくても通用する自分」という幻想を育てた。
コツコツやることは、どこか“凡人のやること”に見えていた。
師につくのも、仲間と切磋琢磨するのも、「自分を凡人扱いしてる気がして」避けていた。
それでも内心では「誰よりも評価されたい」と思っていた。つまり彼は、“器用であること”に甘えすぎた。だから、うまくいかなくなったときに踏ん張る術を知らなかった。
努力で乗り越えるスタミナも、傷ついても立ち上がる耐性も、身につけてこなかった。
団子的まとめ:この作品、全自意識過剰人間の心えぐりにくる
冷静に言って、この話こええよ。
虎になるってファンタジーじゃなくて「人間としての尊厳が崩壊していく過程をものすごく静かに、でも容赦なく描いた物語」なんだよ。
- 自分は才能があると信じたい
- でも評価されないのが怖い
- だから誰とも競わず、語らず、逃げる
- そして気づいたら「自分以外、誰も悪くなかった」ことに気づく
- でももう、戻れない
これ、大人になってから読むとヤバい火力で刺さってくる。
団子的に言えば、
虎にはなってないけど、虎の卵くらいは誰でも抱えてる。
……そう思って読むと、最後の李徴の叫びが、
ちょっと怖くて、ちょっと切ない。
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